今日は「禅語(ぜんご)」についてのノートです。
お茶と密接な関係にあり、茶室に飾られる掛け軸に記される言葉は殆どが禅語。無形物ではありますが、これも一つのお茶を学ぶ上での大切なお道具だと筆者は考えています。筆者は茶道初心者ですので、お稽古で禅語に触れるたびにその意味を調べるレベルの人間です😅ですが、その言葉達からは常に不思議な力や気づきをもらいます。その中でも、今回は最近お気に入りの一つをご紹介します。
お茶と禅語の関係
そもそも茶の湯とは、古く中国からもたらされた「茶」と「禅」が宗教修行を経て結びついたことから発展した文化だそうです。自分自身や他者に対して、あるがままを受け入れる心を育む・・・という点で何か根幹で一致するものがあったのでしょうか。室町時代には、村田珠光(わび茶の祖とされる茶人)という人物がお茶と禅語との融合をテーマに、現在に通じる「茶道」の文化の礎を築きました(すごく大まかにまとめておりますが、ここまでの歴史はもっと複雑で様々な出来事や人物の動きがあったからこそ、今日のお茶があるのですが・・・この点についてはまた詳しくまとめたいと思います!)
座右の銘にしてみたい言葉
今回ご紹介するのは、「一華開五葉 結果自然成(いっかごようをひらく けっかじねんなる)」です。禅宗の初祖達磨大師により伝えられたとされるこの言葉。ひとつの花には5枚の花びら「五智」(仏の知恵)があり、それらが身につくと、自然と良い結果が生まれる、或いは成せるという意味の言葉です。解釈は色々あるようですが、「人事を尽くして天命を待つ」に近いのかな、と思います。中々コンプリートするのは難しい要素ですが、五智は以下の要素で成り立ちます。
人としての清らかな心(大円鏡智)
差別のない一体感(平等性智)
優れた観察力をもつ(妙観察智)
思いやりの心が先に立つ所作(成所作智)
一切の存在、すべてを穏やかにみつめる心(法界体性智)
「一期一会」に関する掛け軸に関してまとめたものもございます。
よろしければ、以下よりご覧ください🌸
一華開五葉・・・の意味を深く考えると
考えれば考えるほど、自分の心がピシッと締まりますし、耳が痛い部分もありますよね😖この心をしっかり持ち「結果自然成」の状態を引き寄せられる自信が筆者にもありません😅ただ、この言葉が禅語として浸透していることの裏を返せば、日常は邪心に溢れているということ。それも、時代を超え人々の共通認識もしくは潜在的な心の課題として存在してきた・・・そんなことを表しているのではないでしょうか。汚い心も思いも、人間だったら持ち合わせますよね。最悪、4枚の花びらでも良いですし、時にはこっそり肥料をどこからか入手しても良いと思います。自分自身の花を、そこそこの出来で何度か咲かせていたら、いつか綺麗な5枚の花をお披露目できるかも知れません。生きているうちに一度はその瞬間を迎えたいものです。